過ぎてしまいましたが、先日、17日は阪神・淡路大震災から27年が経過しました。
メディアに対して、ちょっと色々と感じることがあったんでここに書いていこうかな、
なんて感じたんでここに書いていこうかな、なんて思っています。

去年から部屋の整理をしていたんですが、1995年当時発売されたこんな本を見つけました、

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<絶版になっている本ですが、Amazonのリンク、貼っておきますね。>(中古本があるかも知れません)
阪神大震災の被災者にラジオ放送は何ができたか―「被災していない人への情報はいらない!」と言い続けた報道者たち

この本の中にその当時から今でも印象に残っている一言がありました、
MBSアナウンサー、高井美紀さんの一言でした。



当時住んでらっしゃった家が全壊、夜中にご主人の実家に避難されたとき、見られたテレビの内容についてこんなことを思われたそうです。
「いま必要なのは、このような話、情報ではない」
被災されたいろんな方がテレビなどでおっしゃってましたが「今じゃないでしょ!!!」ってのをいろんな方が感じてらっしゃったようですね。
改めてテレビなどの動画を動画サイトで見ましたが、お住いの方から考えると強烈な「今欲しいのはコレジャナイ」感がすごいだろうなぁ、なんて思いつつ見てましたね。

そんな中、この本の中で高井さんはこんな結論にたどり着かれます。
「ああそうか、テレビというのは、余裕がある人が見るものなんだ」
毎日放送、といえばテレビとラジオの県営局ですが、そこのアナウンサーさんにまでそんなことを思わせてしまう、という今のテレビのネットワークの状況、ってのを感じてしまいましたね。

テレビの状況を見てらっしゃった高井さんがこう思われたそうなんですが、そのとき、現場で報じてらっしゃった方もどうしようもない無力感、と言うんでしょうか、それを感じてらっしゃったようですね。


18分あたりからの内容なんですが、このお話をしてくださってるのがかつて大阪、
読売テレビでアナウンサーをしてらっしゃった脇浜さん。



現場でコレを言ってほしい!!! とお願いしたことに対して東京のキー局いわく「枠がないからボツ。」
結局引用した高井さんの一言に集約されるような気がするんですよね。

あれからかなりの時間は流れましたが、ニュースネットワークの現在、ってどうでしょう。
やはり東京が主になって制作していると思うんですが、そこに地方局の裁量権、ってのはどのくらいあるんでしょうか。

特別編成、というと
先日(1月15日)トンガの海底火山の噴火の影響で日本にもかなりな海面変動があって警報や注意報が出されましたがこのとき、ワタシは鹿児島、MBCラジオを聞いてたんです。
で、聞いているとテレビと同じ音声を流してましたが、どうやらテレビも独自編成をされていたようですね。
徐々に地方局への裁量も認められるようになってきたのかも、と感じるんですが、
ここ最近は地方局のスタッフも少なくなっている問題もありますし、このあたりも総合的に考えると、そうそう簡単な問題じゃないのかもしれませんね。

災害報道とは全く関係ない仕事をしているにもかかわらず、ついついいろんな事を考えたりしているワタシでありました。

願わくば今後、不幸にして災害が起こってしまったとき、そこに住む方々にとって寄り添ってくれるマスメディアであればいいなぁ、なんて思ったりもするんですけどね。